ジャガーの咆哮 — XKからEタイプへ至る英国スポーツカーの系譜
クルマの歴史

ジャガーの咆哮 — XKからEタイプへ至る英国スポーツカーの系譜

2026年3月21日約6分で読めます

ウィリアム・ライオンズが「猫のように美しく、獅子のように速い」と語ったジャガー。1948年のXK120から1961年のEタイプまで、英国スポーツカーが頂点に輝いた黄金の時代を振り返る。

ジャガー——その名前は、英国が生み出した最も官能的なブランドを象徴する。創業者ウィリアム・ライオンズは「美しい車を、買える価格で」という信念を貫いた。フェラーリやアストンマーティンが富裕層の専有物であった時代に、ジャガーはその半額以下で同等以上のパフォーマンスと、それを凌駕する美しさを提供し続けた。1948年のロンドンモーターショー。ジャガーのブースに現れたXK120は、会場を沸騰させた。

1948年ロンドンモーターショーでデビューしたXK120。その美しさに会場は静まり返った。
1948年ロンドンモーターショーでデビューしたXK120。その美しさに会場は静まり返った。

XK120が証明した「ジャガーの速さ」

「120」の数字は最高速度120マイル(約193km/h)を意味する。当時、市販車で時速193km/hを達成できる車はほとんど存在しなかった。テスト走行ではベルギーのジャブケー高速道路で実際に132.6マイル(213km/h)を記録し、世界最速の市販車として認定された。ル・マン24時間では1951年と1953年に総合優勝。XK120から発展したXK140、XK150はレースと公道の両方で英国スポーツカーの名誉を守り続けた。すべての基礎となったのは、ウィリアム・ヘインズが設計した直列6気筒DOHCの「XKエンジン」だった。このエンジンは、後のEタイプにまで受け継がれる傑作となる。

エンツォが認めた「史上最も美しい車」

1961年のジュネーブモーターショー。エンジニアのマルコム・セイヤーが手がけたEタイプが公開されると、報道陣は言葉を失った。航空力学に基づく計算式から導き出されたボディラインは、数学的な必然から生まれた美しさを持っていた。長い丸みを帯びたボンネット、流れるようなサイドライン、そして内側に絞り込まれたリア——すべての曲線に無駄がなかった。フェラーリのエンツォ・フェラーリが「史上最も美しい車」と称したのは、ライバルへのリップサービスではなく、本心からの賛辞だったと伝えられている。

ジャガーEタイプ。ニューヨーク近代美術館が永久収蔵した唯一の自動車。
ジャガーEタイプ。ニューヨーク近代美術館が永久収蔵した唯一の自動車。

ニューヨーク近代美術館が選んだ理由

ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、Eタイプを「工業デザインの傑作」として永久コレクションに加えた。美術館に収蔵された自動車はごくわずかしかなく、Eタイプはその中でも特別な存在だ。性能面でも3.8リッターXKエンジンは265馬力を発揮し、最高速度は241km/hを誇った。同時期のフェラーリ・カリフォルニアが約1万5千ポンドだったのに対し、EタイプクーペはわずかD2097ポンドで購入できた。価格破壊ともいえるこのポジションが、ジャガーEタイプを世界中のドライバーの憧れとした所以だ。英国が自動車デザインの頂点に立った、輝かしい瞬間だった。

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